歴史 戦後の日本の予想問題5問——改革と条約の中身を1問ずつ解説
戦後の日本は中3で習う社会(歴史)の単元で、GHQによる民主化、日本国憲法、独立の回復と国際社会への復帰、高度経済成長と公害が問われます(回ごとの範囲は → テスト範囲)。条約や宣言の名前を取りちがえたり、できごとの理由を説明する問題でしくみを書き落としたりして点を落としやすい単元です。農地改革・日本国憲法・サンフランシスコ平和条約・国際連合加盟・高度経済成長と公害の5問にしぼり、1問ずつ解説しました。
- 農地改革:政府が地主の土地を買い上げ小作人に売りわたし、自作農が増えた
- 日本国憲法の三原則は国民主権・基本的人権の尊重・平和主義。天皇は象徴
- サンフランシスコ平和条約と同じ日に日米安全保障条約。沖縄の返還は1972年
- 日ソ共同宣言でソ連と国交回復し、同じ1956年に国際連合に加盟
- 高度経済成長期の公害に対し公害対策基本法・環境庁。石油危機で高度経済成長が終わる
問題(まず自分で解いてみよう)
- 第二次世界大戦後、連合国軍総司令部(GHQ)の指令のもとで農地改革が行われました。農地改革の内容と、その結果を説明しなさい。
- 1946年に公布された日本国憲法の3つの基本原則を答えなさい。また、大日本帝国憲法と比べて、主権と天皇の地位はどのように変わりましたか。
- 1951年、日本はサンフランシスコ平和条約を結び、翌年独立を回復しました。この条約と同じ日に、日本がアメリカと結んだ条約の名前と、その内容を答えなさい。
- 日本は1956年に国際連合への加盟を実現しました。加盟が実現したのは、同じ年にある国と国交を回復したからです。その国との間で結ばれたものの名前と、加盟が実現した理由を説明しなさい。
- 1950年代後半から始まった高度経済成長の時期には、各地で公害が深刻になりました。政府が公害に対して行った対策を1つ挙げなさい。また、高度経済成長が終わるきっかけとなったできごとを答えなさい。
目安:1問1〜2分。解き終わったら、下の「答えと解説を見る」を開いて確かめましょう。
答えと解説
問題1
第二次世界大戦後、連合国軍総司令部(GHQ)の指令のもとで農地改革が行われました。農地改革の内容と、その結果を説明しなさい。
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答え:政府が地主の土地を買い上げて小作人に安く売りわたしました。その結果、自分の土地を耕す自作農が大幅に増えました
考え方:戦前の農村では、地主から土地を借りて耕す小作人が多く、高い小作料に苦しんでいました。GHQは、日本の民主化を進める改革の一つとして農地改革を指示しました。
解き方:農地改革では、政府が地主の土地を買い上げ、小作人に安く売りわたしました。その結果、自分の土地を耕す自作農が大幅に増え、地主と小作人の関係は大きく変わりました。
よくあるミス:① 「小作人の土地を地主に集めた」と逆に書くミス。土地は地主から小作人へ移りました。② 農地改革を明治時代の地租改正と混同するミス。地租改正は税の納め方の改革、農地改革は戦後の土地の持ち主を変える改革です。
確かめ:地主の土地が小作人のものになれば、小作人は自作農になります。改革の内容と、自作農が増えたという結果がそのままつながっています。
問題2
1946年に公布された日本国憲法の3つの基本原則を答えなさい。また、大日本帝国憲法と比べて、主権と天皇の地位はどのように変わりましたか。
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答え:3つの基本原則は国民主権、基本的人権の尊重、平和主義です。主権は天皇から国民に移り、天皇は日本国と日本国民統合の象徴になりました
考え方:日本国憲法は1946年11月3日に公布され、1947年5月3日に施行されました。大日本帝国憲法とのちがいは、主権がだれにあるかに注目すると整理できます。
解き方:3つの基本原則は国民主権・基本的人権の尊重・平和主義です。大日本帝国憲法では主権は天皇にありましたが、日本国憲法では主権は国民にあり、天皇は日本国と日本国民統合の象徴となりました。
よくあるミス:① 基本原則に「三権分立」を入れるミス。三権分立は政治のしくみで、3つの基本原則は国民主権・基本的人権の尊重・平和主義です。② 公布の日と施行の日を取りちがえるミス。公布は1946年11月3日(現在の文化の日)、施行は1947年5月3日(現在の憲法記念日)です。
確かめ:主権が国民にあるなら、天皇は政治の権限をもたず、国の象徴という立場になります。主権の移動と、天皇の地位の変化が対応しています。
問題3
1951年、日本はサンフランシスコ平和条約を結び、翌年独立を回復しました。この条約と同じ日に、日本がアメリカと結んだ条約の名前と、その内容を答えなさい。
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答え:日米安全保障条約です。独立後もアメリカ軍が日本国内にとどまることを認めました
考え方:冷戦が深まり、1950年には朝鮮戦争が始まりました。アメリカは、日本を西側陣営の一員として早く独立させようとしました。
解き方:吉田茂内閣は、48か国とサンフランシスコ平和条約を結びました。同じ日にアメリカと日米安全保障条約を結び、独立後もアメリカ軍が日本国内にとどまることを認めました。
よくあるミス:① 平和条約でソ連とも国交を回復したと考えるミス。ソ連はこの条約に調印せず、国交の回復は1956年の日ソ共同宣言です。② 沖縄も同時に日本に返還されたと考えるミス。沖縄はその後もアメリカの統治下に置かれ、返還されたのは1972年です。
確かめ:冷戦のなかで、アメリカは日本を西側の拠点として重視していました。独立と同時にアメリカ軍の駐留を認める条約を結んだことは、この流れと合っています。
問題4
日本は1956年に国際連合への加盟を実現しました。加盟が実現したのは、同じ年にある国と国交を回復したからです。その国との間で結ばれたものの名前と、加盟が実現した理由を説明しなさい。
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答え:日ソ共同宣言です。ソ連と国交を回復したことで、安全保障理事会の常任理事国であるソ連が日本の加盟に反対しなくなったからです
考え方:国際連合に加盟するには、安全保障理事会の勧告が必要です。安全保障理事会の常任理事国は拒否権をもち、1か国でも反対すると勧告は出されません。
解き方:それまでは、常任理事国のソ連が反対していたため、日本は国際連合に加盟できませんでした。1956年の日ソ共同宣言でソ連と国交を回復すると、ソ連が反対しなくなり、日本の国際連合加盟が実現しました。
よくあるミス:① 日ソ共同宣言を「平和条約」と書くミス。日ソ共同宣言で国交は回復しましたが、ソ連(現在のロシア)との平和条約はまだ結ばれていません。② 国交を回復した国を「中国」と答えるミス。中国との国交正常化は1972年の日中共同声明です。
確かめ:常任理事国が1か国でも反対すると加盟の勧告は出ません。反対していたソ連と国交を回復した年に加盟が実現したことは、拒否権のしくみと合っています。
問題5
1950年代後半から始まった高度経済成長の時期には、各地で公害が深刻になりました。政府が公害に対して行った対策を1つ挙げなさい。また、高度経済成長が終わるきっかけとなったできごとを答えなさい。
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答え:対策は、公害対策基本法を定めたこと(または環境庁を設置したこと)です。高度経済成長が終わるきっかけは、1973年の石油危機です
考え方:高度経済成長の時期には、重化学工業が発展し、国民の生活は豊かになりました。一方で、工場の排水や排煙による公害が各地で起こり、四大公害病(水俣病・新潟水俣病・イタイイタイ病・四日市ぜんそく)が大きな社会問題になりました。
解き方:政府は1967年に公害対策基本法を定め、1971年には環境庁(現在の環境省)を設置しました。高度経済成長は、1973年の石油危機(オイル・ショック)で石油の価格が大きく上がったことをきっかけに終わりました。
よくあるミス:① 高度経済成長が終わったきっかけを「バブル経済の崩壊」と書くミス。バブル経済の崩壊は1990年代はじめのできごとで、高度経済成長の終わりは石油危機です。② 四大公害病の地域を取りちがえるミス。イタイイタイ病は富山県の神通川流域、四日市ぜんそくは三重県四日市市で起こりました。
確かめ:石油は工業の原料や燃料として欠かせないため、その価格が大きく上がると生産が落ちこみます。石油危機が高度経済成長を止めたことは、重化学工業中心の経済だったことと話がつながっています。
戦後の日本の時期別まとめ表
| 時期 | 政治・外交のできごと | 社会・経済のキーワード | この記事の問題 |
|---|---|---|---|
| 占領と民主化 | GHQの占領、財閥解体、農地改革、日本国憲法の公布・施行 | 選挙権が満20歳以上の男女に、教育基本法 | 問題1・2 |
| 独立の回復 | 朝鮮戦争、サンフランシスコ平和条約、日米安全保障条約 | 特需景気、自衛隊の発足 | 問題3 |
| 国際社会への復帰 | 日ソ共同宣言、国際連合加盟、日韓基本条約 | 冷戦の中の日本 | 問題4 |
| 高度経済成長 | 沖縄返還、日中共同声明 | 東京オリンピック、新幹線、四大公害病、公害対策基本法 | 問題5 |
| 石油危機のあと | 日中平和友好条約、冷戦の終結 | 石油危機、バブル経済とその崩壊 | 問題5 |
迷ったときの手順
- まず、できごとが占領期・独立回復・国際社会復帰・高度経済成長のどこに入るかを決める
- 条約や宣言は「相手国」と「何が決まったか」を組にして確かめる
- 改革の問題は「改革の前」と「改革のあと」で、だれの立場がどう変わったかを書く
- 理由を聞かれたら、拒否権や冷戦など、背景にあるしくみや国際情勢から考える
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- 公民とのつながり → 公民 現代社会の予想問題
- 回ごとの出題範囲 → 北辰テストのテスト範囲
- 5教科の予想問題(PDF) → 北辰テスト 予想問題
- 社会全体の勉強法 → 北辰テスト社会の勉強法
よくある質問
農地改革で何が変わりましたか?
政府が地主の土地を買い上げて小作人に安く売りわたしたため、自分の土地を耕す自作農が大幅に増えました。
日本が国際連合に加盟できたのはなぜですか?
1956年の日ソ共同宣言でソ連と国交を回復し、安全保障理事会の常任理事国であるソ連が日本の加盟に反対しなくなったからです。
高度経済成長が終わったきっかけは何ですか?
1973年の石油危機(オイル・ショック)です。石油の価格が大きく上がり、高度経済成長は終わりました。
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