歴史 二度の世界大戦の予想問題5問——できごとの流れと法律の中身を1問ずつ解説
二度の世界大戦は中3で習う社会(歴史)の単元で、第一次世界大戦と日本、大正デモクラシー、世界恐慌と各国の対策、満州事変から日中戦争・太平洋戦争への流れが問われます(回ごとの範囲は → テスト範囲)。できごとの順番を取りちがえたり、法律や政策の中身を説明する問題で要点を書き落としたりして点を落としやすい単元です。二十一か条の要求・普通選挙法・ブロック経済・国際連盟の脱退・国家総動員法の5問にしぼり、1問ずつ解説しました。
- 第一次世界大戦中、日本は中国に二十一か条の要求を出し、中国では五・四運動が起こった
- 普通選挙法(1925年)で満25歳以上の男子に選挙権。同じ年に治安維持法
- 世界恐慌の対策:イギリス・フランスはブロック経済、アメリカはニューディール政策
- 満州国を認めない勧告を受けて、日本は1933年に国際連盟を脱退
- 国家総動員法(1938年)で、政府は議会の承認なしに国民や物資を動員できるようになった
問題(まず自分で解いてみよう)
- 第一次世界大戦が始まると、日本は日英同盟を理由に参戦しました。1915年、日本は中国に対して二十一か条の要求を出しました。その主な内容と、それに対する中国の動きを説明しなさい。
- 1925年に普通選挙法が成立しました。この法律で選挙権の条件はどのように変わりましたか。また、同じ年に定められ、社会運動を取りしまった法律の名前を答えなさい。
- 1929年にアメリカから始まった世界恐慌に対して、イギリスやフランスはブロック経済とよばれる政策をとりました。ブロック経済とはどのような政策か説明しなさい。
- 1931年の満州事変のあと、日本は満州国をつくりました。その後、日本は1933年に国際連盟を脱退しました。日本が国際連盟を脱退した理由を説明しなさい。
- 1938年に国家総動員法が定められました。この法律によって、政府はどのようなことができるようになりましたか。説明しなさい。
目安:1問1〜2分。解き終わったら、下の「答えと解説を見る」を開いて確かめましょう。
答えと解説
問題1
第一次世界大戦が始まると、日本は日英同盟を理由に参戦しました。1915年、日本は中国に対して二十一か条の要求を出しました。その主な内容と、それに対する中国の動きを説明しなさい。
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答え:中国にあるドイツの権益を日本が引きつぐことなどを求め、その多くを認めさせました。中国では反発が強まり、1919年には日本や列強に反対する五・四運動が起こりました
考え方:第一次世界大戦は、三国同盟(ドイツ・オーストリア・イタリア)と三国協商(イギリス・フランス・ロシア)の対立を背景に、1914年のサラエボ事件をきっかけに始まりました。日本は日英同盟を理由に連合国側で参戦しました。
解き方:日本は、中国の山東省にあったドイツの拠点を攻め、そのうえで中国に二十一か条の要求を出し、山東省のドイツの権益を引きつぐことなどの多くを認めさせました。中国では反発が強まり、パリ講和会議で要求が取り消されなかったことから、1919年に五・四運動が起こりました。
よくあるミス:① 二十一か条の要求を出した相手を「ドイツ」と書くミス。要求を出した相手は中国です。② 五・四運動と三・一独立運動を取りちがえるミス。五・四運動は中国、三・一独立運動は同じ1919年に朝鮮で起こった独立運動です。
確かめ:日本が中国国内の権益を求めれば、中国の人々の反発が強まるのは自然な流れです。要求の内容と、中国で起こった反対運動が話としてつながっています。
問題2
1925年に普通選挙法が成立しました。この法律で選挙権の条件はどのように変わりましたか。また、同じ年に定められ、社会運動を取りしまった法律の名前を答えなさい。
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答え:納税額による制限がなくなり、満25歳以上のすべての男子に選挙権があたえられました。同じ年に定められた法律は治安維持法です
考え方:大正時代には、民主主義を求める大正デモクラシーの風潮が広がり、普通選挙を求める運動がさかんになりました。それまでの選挙権は、一定の税金を納めた男子に限られていました。
解き方:普通選挙法によって納税額による制限がなくなり、満25歳以上のすべての男子に選挙権があたえられました。一方で、同じ年に治安維持法が定められ、社会主義などの運動が取りしまられました。
よくあるミス:① 普通選挙法で「女性にも選挙権があたえられた」と書くミス。女性の選挙権が認められたのは第二次世界大戦後です。② 治安維持法を「普通選挙を進めるための法律」と考えるミス。治安維持法は、社会運動を取りしまるための法律です。
確かめ:選挙権が広がると、政治に新しい考えの人々が加わります。政府が同じ年に、社会運動を取りしまる法律もあわせて定めたことは、こうした動きを警戒したことと話がつながっています。
問題3
1929年にアメリカから始まった世界恐慌に対して、イギリスやフランスはブロック経済とよばれる政策をとりました。ブロック経済とはどのような政策か説明しなさい。
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答え:本国と植民地との結びつきを強めて、その中で貿易を行い、ほかの国の商品には高い関税をかけてしめ出す政策です
考え方:世界恐慌は、ニューヨークでの株価の暴落をきっかけに世界中に広がった不景気です。各国は、自国の経済を守るための政策をとりました。
解き方:植民地を多くもつイギリスやフランスは、本国と植民地との結びつきを強め、その中で貿易を行い、ほかの国の商品には高い関税をかけてしめ出しました。これをブロック経済といいます。アメリカは、ローズベルト大統領のもとで、公共事業をおこして仕事を生み出すニューディール政策を行いました。
よくあるミス:① ブロック経済とニューディール政策を取りちがえるミス。ブロック経済はイギリス・フランス、ニューディール政策はアメリカです。② ソ連も世界恐慌で大きな打撃を受けたと考えるミス。ソ連は五か年計画による計画経済を進めていたため、世界恐慌の影響をあまり受けませんでした。
確かめ:植民地の少ない国は、ブロック経済によって商品を売る先が限られ、苦しい立場になりました。このような国々が、のちに領土の拡大をめざしたことと話がつながっています。
問題4
1931年の満州事変のあと、日本は満州国をつくりました。その後、日本は1933年に国際連盟を脱退しました。日本が国際連盟を脱退した理由を説明しなさい。
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答え:国際連盟がリットン調査団の報告にもとづいて満州国を認めず、日本軍の引きあげを求める勧告を採択したからです
考え方:1931年、日本軍(関東軍)が南満州鉄道の線路を爆破し、これを中国側のしわざとして軍事行動を始めました。これが満州事変で、翌年、日本は満州国をつくりました。
解き方:中国はこれを国際連盟にうったえ、国際連盟はリットン調査団を送りました。その報告にもとづき、国際連盟は満州国を認めず、日本軍の引きあげを求める勧告を採択しました。日本はこれに反発し、国際連盟を脱退して、国際社会で孤立していきました。
よくあるミス:① 脱退の理由を「国際連盟が日本に宣戦したから」と書くミス。国際連盟は満州国を認めない勧告を採択したのであり、戦争をしかけたわけではありません。② 満州事変と日中戦争を取りちがえるミス。満州事変は1931年、日中戦争は1937年の盧溝橋事件をきっかけに始まりました。
確かめ:日本は満州国を自国の勢力下に置こうとしていたので、満州国を認めない勧告は受け入れられませんでした。勧告の内容と、日本が脱退を選んだことが話としてつながっています。
問題5
1938年に国家総動員法が定められました。この法律によって、政府はどのようなことができるようになりましたか。説明しなさい。
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答え:政府が議会の承認なしに、戦争のために国民や物資を動員できるようになりました
考え方:1937年に始まった日中戦争は長期化し、国の力を戦争に集中させる体制がつくられていきました。
解き方:国家総動員法によって、政府は議会の承認なしに、戦争のために国民や物資を動員できるようになりました。その後、政党は解散して大政翼賛会にまとめられ、生活必需品は配給制や切符制になるなど、国民の生活は戦争に強く組みこまれていきました。
よくあるミス:① 「議会の承認を得て動員する法律」と書くミス。この法律の重要な点は、議会の承認なしに動員できるようになったことです。② 国家総動員法を太平洋戦争が始まったあとの法律と考えるミス。国家総動員法は、太平洋戦争の前の日中戦争中の1938年に定められました。
確かめ:議会の承認を待たずに人や物を動かせれば、戦争の遂行を最優先にできます。政党が解散して大政翼賛会にまとめられたことも、政府の力が強まった流れと合っています。
二度の世界大戦の時期別まとめ表
| 時期 | 世界のできごと | 日本のできごと・キーワード | この記事の問題 |
|---|---|---|---|
| 第一次世界大戦 | サラエボ事件、ロシア革命、ベルサイユ条約、国際連盟の設立 | 日英同盟による参戦、二十一か条の要求、米騒動 | 問題1 |
| 大正時代 | 五・四運動、三・一独立運動、ワシントン会議 | 大正デモクラシー、政党内閣、普通選挙法と治安維持法 | 問題2 |
| 世界恐慌 | ニューディール政策、ブロック経済、ファシズムの台頭 | 昭和恐慌 | 問題3 |
| 満州事変・日中戦争 | ドイツのポーランド侵攻で第二次世界大戦が始まる | 満州国、国際連盟脱退、五・一五事件、二・二六事件、国家総動員法 | 問題4・5 |
| 太平洋戦争 | 日独伊三国同盟、ポツダム宣言 | 大政翼賛会、配給制、学童疎開、原子爆弾の投下、ポツダム宣言の受諾 | 問題5 |
迷ったときの手順
- まず、できごとを年代順に並べ、第一次世界大戦・世界恐慌・満州事変・日中戦争・太平洋戦争のどこに入るかを決める
- 法律の問題は「だれに・何ができるようになったか(何が取りしまられたか)」を書く
- 国ごとの政策は、国名と政策名をセットで確かめる(ブロック経済・ニューディール政策・五か年計画)
- 日本の外交は、日本の行動とそれに対する相手国や国際社会の反応を組にして整理する
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よくある質問
普通選挙法で選挙権はどう変わりましたか?
納税額による制限がなくなり、満25歳以上のすべての男子に選挙権があたえられました。女性の選挙権は第二次世界大戦後に認められました。
ブロック経済とは何ですか?
世界恐慌のときにイギリスやフランスがとった政策で、本国と植民地の中で貿易を行い、ほかの国の商品には高い関税をかけてしめ出しました。
日本はなぜ国際連盟を脱退したのですか?
国際連盟がリットン調査団の報告にもとづいて満州国を認めず、日本軍の引きあげを求める勧告を採択したため、これに反発して脱退しました。
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