歴史 近世の予想問題5問——人物と政策の組み合わせを1問ずつ解説
近世(安土桃山・江戸)は中2で習う社会(歴史)の単元で、織田信長と豊臣秀吉の政策、江戸幕府の大名統制、鎖国の体制、江戸時代の改革と文化が問われます(回ごとの範囲は → テスト範囲)。人物と政策の組み合わせを取りちがえたり、制度のねらいを説明する問題で言葉が足りなかったりして点を落としやすい単元です。楽市・楽座・太閤検地と刀狩・参勤交代・鎖国・三大改革の5問にしぼり、1問ずつ解説しました。
- 織田信長の楽市・楽座:市の税を免除し座の特権を廃止して商工業を活発に
- 豊臣秀吉の太閤検地(石高・年貢)と刀狩(百姓の武器を没収)で兵農分離
- 徳川家光の参勤交代:1年おきに江戸と領地を往復、妻子は江戸。大名の経済力が弱まる
- 鎖国中もオランダ・中国とは長崎で貿易。オランダはキリスト教を布教しなかった
- 享保(徳川吉宗)・寛政(松平定信)・天保(水野忠邦)の三大改革
問題(まず自分で解いてみよう)
- 織田信長は、安土城の城下町などで楽市・楽座を行いました。楽市・楽座とはどのような政策ですか。また、そのねらいを説明しなさい。
- 豊臣秀吉は、太閤検地と刀狩を行いました。2つの政策の内容と、その結果どのような社会になったかを、「兵農分離」という言葉を使って説明しなさい。
- 江戸幕府の3代将軍徳川家光は、参勤交代を制度として定めました。参勤交代とはどのような制度ですか。また、この制度によって大名にどのような影響がありましたか。
- 江戸幕府はいわゆる鎖国の体制をとり、ヨーロッパの国ではオランダとだけ、長崎で貿易を行いました。幕府がオランダとの貿易を認めた理由を、「キリスト教」という言葉を使って説明しなさい。
- 次のア〜ウは、江戸時代に行われた政治の改革について説明したものです。それぞれの改革の名前を答えなさい。
ア 徳川吉宗が、公事方御定書を定めて裁判の基準とし、目安箱を設けて人々の意見を聞いた。
イ 松平定信が、ききんに備えて米をたくわえさせ、旗本や御家人の借金を帳消しにした。
ウ 水野忠邦が、物価を下げるために株仲間を解散させた。
目安:1問1〜2分。解き終わったら、下の「答えと解説を見る」を開いて確かめましょう。
答えと解説
問題1
織田信長は、安土城の城下町などで楽市・楽座を行いました。楽市・楽座とはどのような政策ですか。また、そのねらいを説明しなさい。
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答え:市での税を免除し、座の特権を廃止して、だれでも自由に商売ができるようにした政策です。商工業を活発にして、城下町を発展させるねらいがありました
考え方:室町時代には、商人や職人が座という同業者の組合をつくり、寺社や貴族に税をおさめるかわりに、営業を独占する特権をもっていました。
解き方:信長は、市での税を免除し、座の特権を廃止して、だれでも自由に商売ができるようにしました。これが楽市・楽座です。多くの商人を城下町に集めて商工業を活発にし、城下町を発展させるねらいがありました。
よくあるミス:① 楽市・楽座を「座をつくらせて商人を保護した政策」と書くミス。楽座は座の特権をなくす政策です。② 楽市・楽座を豊臣秀吉の政策と答えるミス。安土城下で楽市・楽座を行ったのは織田信長です。
確かめ:税がかからず、特権をもつ座にじゃまされないなら、商人は集まりやすくなります。商工業を活発にするというねらいと、政策の内容が合っています。
問題2
豊臣秀吉は、太閤検地と刀狩を行いました。2つの政策の内容と、その結果どのような社会になったかを、「兵農分離」という言葉を使って説明しなさい。
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答え:太閤検地は全国の田畑の広さや土地のよしあしを調べて収穫量を石高で表し、耕作する百姓を検地帳に登録して年貢を納めさせた政策です。刀狩は百姓から刀や鉄砲などの武器を取り上げた政策です。これらにより武士と百姓の身分の区別がはっきりする兵農分離が進みました
考え方:それまでは、ふだんは農業をしながら戦いにも参加する人々がいて、武士と百姓の区別があいまいでした。秀吉は、土地と人々を全国的に把握しようとしました。
解き方:太閤検地では、ものさしやますを統一して田畑の広さや土地のよしあしを調べ、収穫量を石高で表しました。耕作する百姓を検地帳に登録し、年貢を納める義務を負わせました。刀狩では、一揆を防ぐため、百姓から刀や鉄砲などの武器を取り上げました。この2つにより、武士と百姓の身分の区別がはっきりする兵農分離が進みました。
よくあるミス:① 刀狩のねらいを「武士から武器を取り上げるため」と書くミス。武器を取り上げたのは百姓からです。② 太閤検地で「土地は国のものになった」と書くミス。検地帳に登録された百姓は、土地を耕す権利を認められるかわりに、年貢を納める義務を負いました。
確かめ:百姓は土地に結びつけられて年貢を納め、武器はもたない。武士は戦いを専門にする。2つの政策が組み合わさって、身分が分かれた兵農分離につながっています。
問題3
江戸幕府の3代将軍徳川家光は、参勤交代を制度として定めました。参勤交代とはどのような制度ですか。また、この制度によって大名にどのような影響がありましたか。
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答え:大名に、1年おきに江戸と領地を行き来させ、妻子を江戸に住まわせた制度です。行列や江戸での生活に多くの費用がかかり、大名の経済力が弱まりました
考え方:江戸幕府は、大名が力をつけて幕府に逆らわないように、武家諸法度などで大名を統制しました。参勤交代は、武家諸法度に加えられた制度です。
解き方:参勤交代は、大名に1年おきに江戸と領地を行き来させ、妻子を江戸に住まわせる制度です。大名行列や江戸での生活に多くの費用がかかったため、大名の経済力は弱まりました。一方で、街道や宿場町が整備され、江戸の文化が地方に広まるきっかけにもなりました。
よくあるミス:① 参勤交代を定めた将軍を「徳川家康」と答えるミス。制度として定めたのは3代将軍徳川家光です。② 影響を「大名が豊かになった」と書くミス。費用の負担が大きく、大名の経済力は弱まりました。
確かめ:妻子が江戸にいて、ひんぱんに江戸と領地を往復する費用がかかれば、大名は幕府に逆らう力をたくわえにくくなります。大名を統制するという幕府のねらいと話がつながっています。
問題4
江戸幕府はいわゆる鎖国の体制をとり、ヨーロッパの国ではオランダとだけ、長崎で貿易を行いました。幕府がオランダとの貿易を認めた理由を、「キリスト教」という言葉を使って説明しなさい。
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答え:オランダはキリスト教を布教しなかったため、キリスト教の禁止を守りながら貿易を続けられたからです
考え方:幕府は、キリスト教の信者が団結して幕府に従わなくなることをおそれ、キリスト教を禁止しました。島原・天草一揆のあと、取りしまりをいっそう強めました。
解き方:スペインやポルトガルは貿易とともにキリスト教を広めようとしたので、来航を禁止されました。オランダはキリスト教を布教しなかったので、長崎の出島で貿易を続けることが認められました。中国とも長崎で貿易を行いました。
よくあるミス:① 「オランダが日本に近いから」と書くミス。理由は距離ではなく、キリスト教を布教しなかったことです。② 鎖国中は外国とまったく交流がなかったと考えるミス。長崎でのオランダ・中国のほか、対馬藩を通じた朝鮮、薩摩藩を通じた琉球、松前藩を通じたアイヌの人々との交流がありました。
確かめ:幕府のねらいは、キリスト教を広めず、貿易の利益や海外の情報は幕府が管理することでした。布教をしないオランダだけを認めたことは、このねらいと合っています。
問題5
次のア〜ウは、江戸時代に行われた政治の改革について説明したものです。それぞれの改革の名前を答えなさい。
ア 徳川吉宗が、公事方御定書を定めて裁判の基準とし、目安箱を設けて人々の意見を聞いた。
イ 松平定信が、ききんに備えて米をたくわえさせ、旗本や御家人の借金を帳消しにした。
ウ 水野忠邦が、物価を下げるために株仲間を解散させた。
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答え:アは享保の改革、イは寛政の改革、ウは天保の改革です
考え方:江戸時代の中ごろから、幕府の財政は苦しくなりました。財政を立て直すために、享保・寛政・天保の3つの改革が行われました。人物と政策をセットで覚えます。
解き方:ア は8代将軍徳川吉宗の享保の改革です。イ は老中松平定信の寛政の改革で、ききんに備えて米をたくわえさせる囲い米なども行いました。ウ は老中水野忠邦の天保の改革です。
よくあるミス:① 株仲間の政策を取りちがえるミス。株仲間を奨励したのは老中田沼意次、解散させたのは水野忠邦です。② 改革の順番を取りちがえるミス。時代の順に、享保の改革、寛政の改革、天保の改革です。
確かめ:改革の順番は、徳川吉宗、松平定信、水野忠邦の順です。吉宗は将軍、定信と忠邦は老中という立場のちがいもあわせて覚えると、取りちがえを防げます。
近世の時代別まとめ表
| 時期 | 政治・できごと | 社会・文化のキーワード | この記事の問題 |
|---|---|---|---|
| 安土桃山時代(信長) | 室町幕府をほろぼす、楽市・楽座 | 鉄砲の活用、キリスト教の保護 | 問題1 |
| 安土桃山時代(秀吉) | 全国統一、太閤検地、刀狩、朝鮮侵略 | 兵農分離、桃山文化(天守閣・千利休の茶の湯) | 問題2 |
| 江戸時代(前半) | 江戸幕府を開く、武家諸法度、参勤交代、鎖国 | 出島、元禄文化(上方中心) | 問題3・4 |
| 江戸時代(中ごろ) | 享保の改革、田沼意次の政治、寛政の改革 | 国学(本居宣長)、蘭学(杉田玄白) | 問題5 |
| 江戸時代(後半) | 外国船の接近、大塩平八郎の乱、天保の改革 | 化政文化(江戸中心)、浮世絵(葛飾北斎・歌川広重) | 問題5 |
迷ったときの手順
- まず、人物が信長・秀吉・家康以降の江戸幕府のだれかを決め、政策と結びつける
- 制度のねらいを聞かれたら、「だれの力を弱めたかったか(大名・百姓・キリスト教)」から考える
- 改革の問題は、人物・立場(将軍か老中か)・代表的な政策をセットで確かめる
- 文化は、元禄文化は上方、化政文化は江戸と、中心地で区別する
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- 社会全体の勉強法 → 北辰テスト社会の勉強法
よくある質問
太閤検地と刀狩で何が変わりましたか?
太閤検地で百姓は検地帳に登録されて年貢を納める義務を負い、刀狩で百姓は武器を取り上げられました。これにより武士と百姓の身分の区別がはっきりする兵農分離が進みました。
参勤交代のねらいは何ですか?
大名に1年おきに江戸と領地を行き来させ、妻子を江戸に住まわせることで、大名の経済力を弱め、幕府に逆らえないようにすることです。
江戸時代の三大改革を行った人物はだれですか?
享保の改革は徳川吉宗、寛政の改革は松平定信、天保の改革は水野忠邦です。
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