歴史 古代の予想問題5問——時代の見分け方と制度のねらいを1問ずつ解説
古代(縄文〜平安)は中1・中2で習う社会(歴史)の単元で、縄文と弥生のくらしのちがい、邪馬台国、聖徳太子の政治、律令国家と土地の制度、摂関政治と国風文化が問われます(回ごとの範囲は → テスト範囲)。時代ごとの道具や人物を取りちがえたり、制度のねらいを説明する問題で言葉が足りなかったりして点を落としやすい単元です。縄文と弥生・卑弥呼・冠位十二階・墾田永年私財法・摂関政治の5問にしぼり、1問ずつ解説しました。
- 縄文は縄文土器・貝塚・土偶、弥生は稲作・高床倉庫・青銅器と鉄器
- 3世紀、邪馬台国の卑弥呼が魏に使いを送り「親魏倭王」の称号を受けた
- 聖徳太子:冠位十二階(家柄によらず人材を登用)・十七条の憲法・遣隋使
- 班田収授法(公地公民)から墾田永年私財法(開墾地の私有)へ、のちの荘園につながる
- 摂関政治:娘を天皇のきさきにし、摂政・関白として実権。道長・頼通のころが最盛期
問題(まず自分で解いてみよう)
- 次のア〜エのうち、弥生時代のようすを説明したものを2つ選びなさい。
ア 縄目の文様がついた、厚くてもろい土器がつくられた。
イ 稲作が広まり、収穫した米を高床倉庫にたくわえた。
ウ 青銅器や鉄器が大陸から伝わり、使われるようになった。
エ 食べ物の残りかすなどを捨てた貝塚が、各地につくられはじめた。 - 中国の歴史書には、3世紀の倭(日本)に、女王が治める国があったことが記されています。この国と女王の名前を答えなさい。また、この女王が使いを送った中国の国の名前を答えなさい。
- 聖徳太子(厩戸皇子)は、天皇を中心とする政治のしくみを整えようとしました。聖徳太子が定めた冠位十二階のねらいを、「家柄」という言葉を使って説明しなさい。
- 奈良時代には、班田収授法によって人々に土地があたえられていました。しかし、743年に墾田永年私財法が出されました。この法律の内容と、それによって起こった変化を説明しなさい。
- 平安時代の中ごろ、藤原氏は摂政や関白の地位について政治の実権をにぎりました。藤原氏がどのようにして実権をにぎったのかを、「娘」「天皇」という言葉を使って説明しなさい。
目安:1問1〜2分。解き終わったら、下の「答えと解説を見る」を開いて確かめましょう。
答えと解説
問題1
次のア〜エのうち、弥生時代のようすを説明したものを2つ選びなさい。
ア 縄目の文様がついた、厚くてもろい土器がつくられた。
イ 稲作が広まり、収穫した米を高床倉庫にたくわえた。
ウ 青銅器や鉄器が大陸から伝わり、使われるようになった。
エ 食べ物の残りかすなどを捨てた貝塚が、各地につくられはじめた。
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答え:イとウです
考え方:縄文時代は狩りや採集の生活、弥生時代は稲作が広まった時代です。土器・住まい・道具のちがいで見分けます。
解き方:ア の縄目の文様がついた厚い土器は縄文土器なので縄文時代です。イ の稲作と高床倉庫は弥生時代です。ウ の青銅器・鉄器が大陸から伝わったのも弥生時代です。エ の貝塚は縄文時代の人々が残したものです。答えはイとウです。
よくあるミス:① たて穴住居を「弥生時代だけのもの」と考えるミス。たて穴住居は縄文時代からつくられ、弥生時代にも使われました。時代を見分けるときは、稲作や金属器のような「新しく始まったもの」に注目します。② 弥生土器を「縄目の文様の土器」と覚えるミス。弥生土器はうすくてかための、赤みのある土器です。
確かめ:稲作が始まると、米をたくわえる倉庫や、田を耕す道具が必要になります。高床倉庫や金属器が弥生時代にあらわれたことは、稲作の広まりと話がつながっています。
問題2
中国の歴史書には、3世紀の倭(日本)に、女王が治める国があったことが記されています。この国と女王の名前を答えなさい。また、この女王が使いを送った中国の国の名前を答えなさい。
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答え:国は邪馬台国、女王は卑弥呼で、使いを送った中国の国は魏です
考え方:3世紀ごろの日本のようすは、中国の歴史書「魏志」の倭人伝に記されています。そこには、女王が30ほどの国を従えていたことが書かれています。
解き方:国は邪馬台国、女王は卑弥呼です。卑弥呼は中国の魏に使いを送り、「親魏倭王」の称号と金印、銅鏡などを授けられました。
よくあるミス:① 使いを送った国を「漢」や「隋」と答えるミス。漢は1世紀に奴国の王が金印を授けられた国、隋は7世紀に遣隋使が送られた国です。卑弥呼は3世紀なので魏です。② 卑弥呼と聖徳太子の時代を混同するミス。卑弥呼は弥生時代の終わりごろ、聖徳太子は飛鳥時代の人物です。
確かめ:「親魏倭王」という称号には「魏」の字が入っています。卑弥呼が使いを送った国が魏であることと合っています。
問題3
聖徳太子(厩戸皇子)は、天皇を中心とする政治のしくみを整えようとしました。聖徳太子が定めた冠位十二階のねらいを、「家柄」という言葉を使って説明しなさい。
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答え:家柄にとらわれず、才能や功績のある人を役人に取り立てるためです
考え方:聖徳太子は、推古天皇のもとで蘇我馬子と協力して政治を行いました。それまでは、有力な豪族が家柄によって高い地位をしめていました。
解き方:冠位十二階は、冠の色などで役人の位を表す制度で、家柄にとらわれず、才能や功績のある人を役人に取り立てるためのものでした。あわせて、十七条の憲法で役人の心構えを示し、遣隋使として小野妹子らを隋に送りました。
よくあるミス:① 冠位十二階と十七条の憲法の内容を入れかえるミス。冠位十二階は人の取り立て方、十七条の憲法は役人の心構えです。② 遣隋使を「遣唐使」と書くミス。聖徳太子の時代の中国は隋です。遣唐使は、隋のあとの唐の時代に送られました。
確かめ:家柄で地位が決まると、力のある豪族ばかりが政治を動かします。才能で役人を選ぶ冠位十二階は、天皇を中心とする政治をめざした聖徳太子のねらいと合っています。
問題4
奈良時代には、班田収授法によって人々に土地があたえられていました。しかし、743年に墾田永年私財法が出されました。この法律の内容と、それによって起こった変化を説明しなさい。
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答え:新しく開墾した土地は、いつまでも自分のものにしてよいという法律です。これにより貴族や寺社が開墾を進めて私有地を広げ、のちの荘園につながりました
考え方:班田収授法では、戸籍にもとづいて6歳以上の男女に口分田があたえられ、死ぬと国に返すきまりでした。土地と人民は国のものとする公地公民の考え方です。
解き方:人口が増えて口分田が足りなくなったため、朝廷は開墾をすすめようと墾田永年私財法を出し、新しく開墾した土地はいつまでも私有してよいとしました。その結果、貴族や寺社が人々を使って開墾を進め、私有地を広げました。これがのちの荘園につながり、公地公民のしくみはくずれていきました。
よくあるミス:① 「口分田を一生自分のものにできる法律」と書くミス。私有が認められたのは、新しく開墾した土地です。② 墾田永年私財法で公地公民が強まったと考えるミス。私有地が増えたので、公地公民の原則はくずれていきました。
確かめ:土地を国に返さなくてよいなら、開墾に力を入れる人が増えます。力のある貴族や寺社の私有地が広がったという変化は、この法律の内容と話がつながっています。
問題5
平安時代の中ごろ、藤原氏は摂政や関白の地位について政治の実権をにぎりました。藤原氏がどのようにして実権をにぎったのかを、「娘」「天皇」という言葉を使って説明しなさい。
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答え:娘を天皇のきさきにし、生まれた子を天皇に立てて、その母方の親類として摂政や関白になり政治の実権をにぎりました
考え方:摂政は天皇が幼いときに、関白は天皇が成人したあとに、天皇にかわって、または天皇を助けて政治を行う役職です。藤原氏は天皇との結びつきを強めて、これらの役職を独占しました。
解き方:藤原氏は娘を天皇のきさきにし、生まれた子を天皇に立てました。天皇の母方の祖父やおじとして摂政・関白になり、政治の実権をにぎりました。この政治を摂関政治といい、11世紀前半の藤原道長と、その子の藤原頼通のころに最も栄えました。
よくあるミス:① 摂関政治と院政を混同するミス。院政は、位をゆずった上皇が行う政治で、摂関政治のあとに白河上皇が始めました。② 藤原頼通が建てた建物を「中尊寺金色堂」と答えるミス。頼通が建てたのは宇治の平等院鳳凰堂で、中尊寺金色堂は奥州藤原氏が平泉に建てたものです。
確かめ:天皇の母方の親類になれば、天皇が幼いうちは摂政として、成人してからは関白として政治に関われます。2つの役職を続けて独占できたことは、娘を天皇のきさきにするという方法と話がつながっています。
古代の時代別まとめ表
| 時代 | 政治・社会 | 文化・キーワード | この記事の問題 |
|---|---|---|---|
| 縄文時代 | 狩り・漁・採集のくらし | 縄文土器、たて穴住居、貝塚、土偶 | 問題1 |
| 弥生時代 | 稲作が広まり、むらから小さな国へ。邪馬台国の卑弥呼 | 弥生土器、高床倉庫、青銅器・鉄器 | 問題1・2 |
| 古墳時代 | 大和政権(ヤマト王権)が勢力を広げる | 前方後円墳、はにわ、渡来人 | (まとめのみ) |
| 飛鳥時代 | 聖徳太子の政治、大化の改新、大宝律令 | 法隆寺、飛鳥文化、遣隋使 | 問題3 |
| 奈良時代 | 平城京、班田収授法、墾田永年私財法 | 東大寺の大仏、正倉院、天平文化、遣唐使 | 問題4 |
| 平安時代 | 平安京、摂関政治、のちに院政 | かな文字、源氏物語、枕草子、平等院鳳凰堂、国風文化 | 問題5 |
迷ったときの手順
- まず、問題の出来事や人物がどの時代のものかを決める
- その時代の「新しく始まったもの」(道具・制度・建物)を思い出す
- 制度のねらいを聞かれたら、それまでの問題点と、その制度で何を変えたかをセットで書く
- 中国の国名(漢・魏・隋・唐)は、日本の時代と対応させて確かめる
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よくある質問
縄文時代と弥生時代はどう見分けますか?
縄文時代は狩りや採集のくらしで、縄文土器・貝塚・土偶が特色です。弥生時代は稲作が広まり、高床倉庫や青銅器・鉄器が使われるようになりました。
冠位十二階と十七条の憲法のちがいは何ですか?
冠位十二階は、家柄にとらわれず才能や功績のある人を役人に取り立てる制度です。十七条の憲法は、役人の心構えを示したものです。
摂関政治とは何ですか?
藤原氏が娘を天皇のきさきにし、生まれた子を天皇に立てて、摂政や関白として政治の実権をにぎった政治です。藤原道長と頼通のころに最も栄えました。
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